増田 道雄 氏
1950年東京生まれ。明治薬科大学卒業後、外資系製薬会社に就職。MRとして約10年間活躍後、神奈川県で開局。その後、紆余曲折の上、17年前にMR時代の縁で、岩井市に薬局開設。茨城県薬剤師会理事としても活躍中。
特別養護老人ホームに薬を届け、医師の診察に立会い、服薬指導を行い、職員や入所者から薬の相談を聞き、さらにホーム内の薬にかかわるアドバイザーとしても活躍、そんな薬剤師がいる。茨城県岩井市にあるマスダ調剤薬局を開設する増田道雄氏だ。
医師の診察に立会い、薬物治療に貢献
増田氏は、毎週月曜日と木曜日の午後、近隣の特別養護老人ホームに薬を持参し、"訪問服薬指導"を行っている。最近、特別養護老人ホームの入所者へ薬を届ける薬局は増えてきているが、増田氏の場合、同ホームが設立された7年前と、かなり早い時期から行ってきていることに加え、医師の診察に立会い、医師と一緒に患者の様子を見て服薬指導を行うなど、他の薬局では見られない活動を行ってきた。
診察中、医師は処方計画について、増田氏に相談を持ちかけることがある。増田氏は「薬を"飲まないことによって悪くなる患者"と、例えば催眠鎮静剤などの服用によりQOLが低下しているケースのように"飲むことによって悪くなる"患者がいます。その両方にかかわり、薬を介して患者のメリットとなる活動をいかにできるか、が薬剤師として大切」と強調する。
ホーム内の薬剤に関するアドバイザーとして
他にも増田氏 は、同ホーム内における薬剤に関する様々なことに、積極的にかかわってきた。その一つがスタッフに向けた薬剤の勉強会だ。高齢者の場合、インスリンを自己 注射している人が少なくないが、介護スタッフ、看護スタッフの薬剤知識は意外と乏しい。そこで増田氏が講師となり、低血糖時の症状、対処法を中心に勉強会 を行ってきた。
疥癬症対策も薬剤師の力が必要とされる場だ。皮膚の弱い高齢者は疥癬症に感染しやすく、一人が感染すると他の入所者やスタッフにまで次々と感染してしまう。治療薬学的知識不足から疥癬症に苦戦している施設も多い。
「もっとも有効と思われるγ―BHCは肝毒性、神経毒性が高いのですが、無造作に扱われていたり、誤った使い方がなされている場合が多く見られます。 γ―BHCを使用する際には、ゴム手袋を使い、患者への塗布した6〜8時間後に必ず洗い流すことなどを指導します」と説明する。他にも寝具や衣類の消毒、 初期時のオイラックス軟膏の使用やムトウハップ入浴など増田氏の細かい指導とスタッフの実践によって、同ホームでは疥癬症が拡がることはほどんどない。
さらに増田氏は、ホーム内の危険な薬物の管理の徹底を行い、万一、入所者が誤飲した場合、その場で吐かせるケース、吐かせてはいけないケース、水を飲ま せるケース、などの応急処置を記載した表を、看護婦の詰め所と寮母室に貼り出した。この表が活用されたことはまだないが、痴呆患者が多いホームでは、いつ 事故が起こらないとも限らない。増田氏は薬剤にかかわるすべてについて支援していこうという構えだ。
弱い自分との戦いの7年間
こうした活動を通じて、増田氏は、担当医師を交えた同ホームのスタッフとの医療チームを作り上げてきた。今では、ホーム内の医療チームの一員として、なくて はならない存在となっている。しかし増田氏自身は「最初からこのような活動ができると思っていたわけではなかった」と語る。
というのも当初、増田氏にとってホームへ通うのは楽なことではなかったからだ。「縁があって活動を始めたのですが、高齢者ばかりのホームに行くと気持ちが沈んでしまい、なんとなく行きたくないと思うことが多かったのです」と増田氏は振り返る。
そんな沈んだ気持ちに自ら鞭打って通ううちに、少しずつ入所者とのコミュニケーションが生まれ、「具合の悪い入所者がいると気になるようになり、次第に会 いにいくのが楽しみになってきた」と言う。当初、義務的に通っていた頃は、"高齢者の集団"対"薬剤師"だった関係が、定期訪問を続けるうちに、一人ひと りの人間同士の係わり合いへと代わってきたようだ。
今でも、気持ちが落ち込んでいるときは「ホームへ行く足取りが重くなることもある」と話す増田氏。7年間の活動も、そんな弱い自分との戦いだったと心情を 明かす。「すぐにくじけそうになる、空っぽでとても弱い自分がいる。でもだからこそ、その空っぽの部分を埋めようとして、何かやらなくてはと、あがいてき た」と自らを評する。自らの気持ちを鼓舞させて、夢中で草をかきわけて歩いて、ふと振り返ってみると、7年のホームでの活動実績という道が出来ていた、そ んな感慨がある。
「やってきたことは、確実に自分の力として残る。そしてそれが自信につながる」と増田氏。歩いた道の長さの分だけ、自分の幅が広がると語る。
増田氏へのメッセージを送りたい方はこちらまで!